
けるんしはんがケルン市(13~14世紀)版画
kerunshihanga
作家名 | 不詳 |
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Artist | unknown |
生没年 | 不詳 |
制作年 | 制作年不詳 |
サイズ(Dimensions) | (内寸)28×89cm |
分類(Category) | 版画 |
形状・技法・材料 | 額 / 紙 |
解説 | ケルン市東洋美術館創設者アルフレッド・フィシャー氏生誕100年を記念して大観は「富士図」を寄贈し、その返礼として本版画が大観に贈られた(昭和31年12月20日)ケルンは紀元50年、ローマ帝国の植民地の中心(コロニア・アグリッピナ)として出発した。10世紀にライン河岸に商人定住区が作られ、中世都市へと発展。13世紀に自由都市となり13,14世紀にハンザ同盟の有力都市としてヨーロッパ各地と通商した。14世紀にはケルン大学が創設された。ライン地方で最大のゴシック建築のケルン大聖堂がある。16世紀、反宗教改革の拠点となってから30年戦争後ハンザ同盟の没落とともに都市は衰退した。この図は最盛期のケルンの様子を示している。1980年の人口は約100万であるが大聖堂、市庁舎、市の門、教会など旧市街には中世の街並みが残っている。上部にはラテン語で「コロニア・アグリッピナ(ケルン):高貴で繫栄せる都市、非常に立派な大学都市であり全ヨーロッパの有名な商業地である(1516然)」とあり下部には右半分に亜麻布職工、木通屋、錫の鋳物工、仕立て屋、魚屋、内屋など商人、職人の組合を示した図案、左半分には市の貴族、名家の紋章を示した図案とが揚げられている。 |
Explanation | - |
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